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万博ラテン小ねた


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スペイン17州からのVIP来訪

万博開催中、スペイン館には世界中から皇室や首相、大臣など政府要人が訪れました。これを準備しおもてなしする部署がスペイン館「儀典部」です。 一見華やかそうなイメージですが、実際は・・・。“儀典”という初めて携わる分野に、時に涙しながらも半年間の職務を全うした田部井美雪さんが、当時を振り返り思い出のエピソードを語ってくれます。
 

 

田部井美雪 さん
大学卒業後6年間のOL生活を経てメキシコへ。1年3ヶ月間語学学校に通ったのち、日系自動車部品製造メーカーで約2年間キーパンチャーとして、その後1年半は別の自動車部品会社で社内通訳として勤務。2005年3月より「2005年愛・地球博」のスペイン館儀典部に勤務しました。
 
「州知事や市長が来日する州のイベント」

スペイン館ではスペインに17ある自治州の文化を紹介するイベントが週変わりで行われていました。私たち儀典部では、このイベントに伴ないスペインから来日される自治州の大臣や知事など政府要人を中心としたVIPの方々のお世話をしていました。彼らが万博会場に滞在されるのはわずか数時間ですが、通常秘書や関係者など一度に20名〜30名の随行員を連れて来られるので、何日も前から受け入れの準備を整えていました。

訪問日の1日のスケジュールはだいたい決まっています。前日より名古屋市内のホテルに宿泊されているVIPの方々はスペイン館儀典部長のお迎えで、午前10時半ごろ万博会場に到着されます。その後スペイン館の外で州旗の掲揚、1階のホールで式典が開催されます。この時、スペイン側からは州大臣、日本側からは在京スペイン大使およびスペイン館の代表者“政府代表”の挨拶が行われます。その後館内の見学、午後1時〜2時半頃まで食事会、3時頃から日本企業館や外国パビリオンの見学、6時頃に会場を後にされました。



 
「カスティーリャ・イ・レオン週間」では、スペイン・バジャドリ大学より弾き語り楽団「ラ・トゥナ」を迎えて演奏会が行われました。
  閉幕式の前日に最後の会場見学をされるホアン・アルベルト・ベヨッホ氏。 2008年に万博が開催されるスペイン・サラゴサ州の市長さんです。(右から3番目)

  1人で60人分の食事会の準備

私の担当の1つに食事会の準備がありました。州の要人たちを招いて、スペイン館の2階で50〜60人が一緒に食事という恒例の行事です。まず私は出席者に招待状を作成し、参加者全員の卓上ネームプレートを作るのですが、その際、館の代表者である“政府代表”や大使などの敬称には、“Excmo.Sr.D.” をつけ、その次の位の人には“Ilmo. Sr. D.”をつけるなど、敬称や名前の間違いは絶対に許されませんでした。また、食事会の座席表やメニューをスペイン語で作成し、テーブルに飾るお花の準備、ワインの運び出しなどを行いました。こういう下準備も余裕を持ってできたらいいのですが、出席する人数や必要なワインの数は本番の1〜2日前まではっきり決まらず、人数も50人の予定が前日に突然70人に変更ということもあります。食事を担当していたシェフやレストランスタッフは突然の変更に随分振り回されたものです。また出席者が変更すると席順も変わるので、事前に作った座席表も作り変えないといけません。

こうして訪問日が近づくにつれ私達の仕事がどんどん増えていくのですが、上司を含めスペイン人スタッフは、万博会場から遠く離れた寮に住んでいるため毎日18時になるとスペイン館の送迎ワゴンに乗って一斉に退社します。聞きたい事があっても18時以降は携帯電話かメールでのやりとりしかできませんでした。こうして毎回詳細がはっきり決まらないまま来訪の日を迎えるのですが、その日上司は朝からVIPを迎えにホテルに行くので、現場に立つのは私1人です。60枚を越す卓上ネームプレートを持ってテーブルに並べる作業から始めるのですが、こんな時スペイン人のベテラン女性秘書が慣れない私をいつもフォローしてくれました。経験があればもっと楽にできたと思いますが、我が上司は現場にいない、それでも間違ってはいけないということで、あっちに走り、こっちに質問といった具合で目が回るような1日でした。

 

  「お客様に喜んでもらえることが儀典の仕事」

食事会が終わると、日本企業館や外国館の訪問が始まります。訪問の準備はVIPが日本に来られる1週間前から始めていましたが、本番の日はなかなか予定通りにいかないのがスペイン人VIPたちでした。

私たち儀典部では、スペイン人VIPが他館を訪問される際、まずは「日本国際博覧会協会」の儀典室にVIP認定の依頼書を提出します。当協会は今回の万博を運営する日本の機関ですが、ここでVIPと認定されれば彼らが訪問したいパビリオンのVIP入口を利用できるなどの優遇を受けることができます。ただし万博には毎日世界各国のVIPが来場されるので、そう簡単には認められませんでした。そこで私の仕事は、彼らがスペインでいかに重要な人物であるのかを説明することでした。例えば「スペイン○○州の○○知事が○日に来場します。左記人物は長年〜を勤めた方で、経済界では大きな役割を担い…云々」と、スペイン語で書かれたプロフィールを日本語に訳して提出していました。こうして審議の結果VIPの認定が下りると、次は受け入れ側のパビリオンが準備に入ります。その際、VIPの履歴書やプロトコルオーダ*3の提出を求められる場合があります。それは応接室で誰をどこに座らせるのかを決めるため全員の役職を知っておく必要があるからです。特に主賓となる人物に関してはある程度把握しておかないといけないので、顔が映っている画像や履歴書なども提出していました。

こうして私は1週間も前から予約を入れて、人数や役職を博覧会協会や訪問するパビリオンの担当者に知らせて準備していました。どこも分単位で世界のVIPを受け入れている為、当日は予約の時間より早く着いても遅く着いてもいけません。予約した時間に到着するように時間管理をすることも重要でした。

さて、VIP来場時に私の頭を一番悩ませたのが、予定通りに行動してくれない方々です。彼らがパビリオンの訪問に行くときは非常に気を遣っているはずなのに、直前になると、頻繁に行方をくらませます。居るべき場所になぜかいないのです。あるパビリオンを訪問しているはずの時間にスペイン館でマスコミのインタビューを受けていたり、万博会場内で迷われて途中で戻って来られたり、逆にVIPでない方がなぜかそのグループに加わっていることがあります。

そうなると受け入れ先のパビリオンの担当者から、「田部井さん、VIPの方がまだ来られません」「聞いていた人数と違います」「もう約束の時間が過ぎていますが…」とすぐに問い合わせの電話が入ります。彼らのために何日も前から準備していたのに、当日になるとこうして崩されていくのです。一番困ったことは、VIPの中でも主役となる主賓がいなくなる事でした。いつ消えたのか、どこに行ったのか全く分かりません。この主賓のために座席表を作り、通訳を手配し、お土産を用意して待って頂いているというのに、メインが来ないわけですから、彼らの怒りの矛先は当然スペイン館儀典部に向けられます。中でも日本語が分かるのは日本人の私だけですから、こんな日は私の元にクレームの嵐です。とは言っても、立場の弱いアシスタントの私がどうすることもできず、出来ることといえば、ただひらすら謝ることでした。先ほどお話した通り、スペインには自治州が17あるのでイベントも17回行われたわけですが、その数だけのハプニングに駈けずり周り頭を下げていました。しかし、それでもこの仕事が続けられたのは、毎回VIPの皆さんが愛知万博を訪問されて楽しまれている姿を目にすることができたからだと思います。実際VIPの受け入れは、本人の意図しない所でスケジュールがびっしり組まれる場合もあるので、現場に来られて初めて「あのパビリオンにも行って見たい」「早めに帰って、市内観光がしたい」などいろんな変更が生じます。受け入れる側から言えば“せっかく準備しておいたのに”という気持ちになりますが、儀典部の仕事はお客様に喜んで頂けることが一番であり、私は彼らの笑顔を見るたびにそう気付かされるのでした。

〜 つづく 〜

  *3 プロトコルオーダ:公式国際儀礼順序。
役職などから判断して重要な人物順に番号をつけていくこと。

 

 
日本企業館や外国館の訪問に行かれるVIPたち。
案内役はスペイン館儀典部長のカルロス・アルゲージェス氏(手前右)
マドリッド州の食事会では、地元の若手注目シェフ、マリオ・サンドバル氏がレシピを考えてくれました。アランフェスの庭園で 思いついたという「アランフエスのイチゴのガスパチョと鰻の燻製とフルーツの串刺し」など、全て創作料理が振舞われました。
 
  文:田部井美雪
  写真提供:スペイン館
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