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南 里佳子さん (女性・留学当時29歳)
  訪問地:サラマンカ
学校:美容学校「PIVOT POINT」(現在はありません)
通学期間:1996年1月〜1998年10月頃
現在:日本在住

 

 

スペインで美容学校に入ったきっかけは何ですか?

語学+世界中で通用するユニバーサルな技術を身に付けたかったからです。サロン形式でお客さんを相手に実習するので、単なる語学留学でなく、労働を通してスペイン社会に参加したかった気持ちがありました。


その時、スペイン語のレベルはどのくらいでしたか?

スペイン語のレベルはかなり低かったです。在スペイン2年目で、DELEのBasicoは持っていましたがネイティブ集団には歯が立ちませんでした。理論の授業ではそれほど苦労しませんでした。全て黒板に書いてくれるし、専門用語が分からないのは他の生徒も一緒でした。私よりも理解が悪い生徒がいたのも幸いでした。専門用語はそのまま覚えればよくて、筆記試験の妨げにはなりませんでした。それよりも生徒たちの会話の聞き取りや、授業中議論が始まると先生も生徒も興奮して早口でまくし立て始めると全然分かりませんでした。
まさしくヘレン・ケラーの「三重苦」の如く、ただでさえ満足な会話もできない上に、お喋りしながら慣れない手作業などできるはずもありません。いつも一人黙々と作業をしていたので、10代の同僚たちには奇妙な印象を与えていたと思います。文化と言葉と年齢の壁がありましたが、とにかく上手になることだけを考えて通っていたので、辛いと感じたことは一度もありませんでした。クリエイティブな仕事には、常に前向きな精神の維持が必要だと実感しました。


入学費用はいくらですか?

入学金が2万ペセタ(*1)位だったと記憶しています(17400円/96年)。ただ、入学当初は何年学校に通うのかはっきりしていなかったので、入学金は払っていませんでした。「短期で通う」と言って入学しておきながら3年間も在籍してしまいましたが、学校側はその事を忘れていたのが幸いして、結局払わず終いでした。月謝はたったの15000ペセタ(13050円)で、私立の語学学校と比較すると破格の安さです。1年間は公立の語学学校と並行して通っていましたが、こちらも4ヶ月で14000ペセタ(12100円/96〜97年)でしたので、学費はほとんどかかりませんでした。その代わり、美容学校では教材等の購入に5万ペセタ(43500円)位かかりました。教科書やマネキン、ブラシ類、ハサミ、ピン、ユニフォーム、靴、ドライヤー等を最初に買わされました。


入学試験はありましたか?

特にありませんでした。これはどこの学校でも同じだと思います。希望者は誰でも入れます。入学前に適正を見るためか、経営者と面談があり、その後マネキンを使って2時間程作業をさせられました。見るのと実際やってみるのとでは大違いで、とても疲れましたが“制覇してみたい”という気持ちになってすぐに入学しました。もちろん学校初の外国人生徒で、唯一の日本人でした。


通常卒業まで何年かかりますか?卒業試験はありますか?

学校によりますが、私が通っていたところは2年〜2年半だったと記憶しています。短い学校では、2年足らずで卒業できるようです。卒業試験は実技と筆記があり、実技試験は数日かかります。生徒の多くは、卒業試験のだいぶ前から学校経営者が持つプロのサロンですでに働いており、その日数も”出席”としてカウントされるようです。試験の時に久しぶりに学校に現れて試験を受けていました。それ以外の生徒は出席日数満了後に受験していたようです。私は一時帰国などがあって出席が断続的でしたので、満了まで80日位で中退しました。


国家資格はとれますか?

スペインでは国家試験はありません。美容学校を卒業しなくても自分で“できる”と思ったら中退して独自の道を切り開く人は多いです。もちろん卒業して就職する人など、さまざまです。校長は38歳くらい(96年頃)でしたが、学歴は小卒です。13歳で美容院に丁稚奉公しましたが、オーナーの子供の学校の送り迎えやサロンの掃除など、およそ美容とは関係のない業務をしてきました。16歳で支店長、その後20代で市内にいくつものサロンを経営するようになったそうです。今の40代50代の美容師は、そんな経歴の人が非常に多いようです。腕さえあれば生き残れる世界です。日本で国家資格が問われるのは、パーマ液など薬品を扱うからだと聞いたことがあります。


学生ビザの申請はできますか?

98年当時の情報ですが、学生ビザはおりたし、住んでいた町サラマンカでは滞在許可も問題ありませんでした。滞在許可に関しては自治州によって規則が違うし、外国人法は数ヶ月単位で変わります。美容留学したい人は、スペイン大使館と自分の目指す都市の警察署でビザと滞在許可の不可について確認することをお勧めします。


カリキュラムや授業内容について教えてください。

コースは午前4時間コースか、午後4時間コースの2つがあり、どちらかを選択できました。学校は教室とサロンに別れていて、サロンでは実際にお客さんをアテンドします。教室組・サロン組の2グループに分けられて、2時間毎に交替します。お客さんが少ないときは生徒同士で髪を切ったり、染めたりできます。語学学校と並行していた時は1日4時間出席していましたが、卒業してからは午前と午後の両方のコースに出席していました。
その頃から、口コミでお客さんが増えたのに対して生徒数が減った為、1日中サロンでアテンドしていました。効率的に済ませるために新人がお客さんの髪を洗い、私の場所に案内します。私は1人終わるとすぐ次のお客さんが横に座って待っているという具合で、トイレに行く暇もないくらいでした。金曜は特に忙しくて、帰宅後は指1本動かせないくらい疲れ果てていました。
リピーターも含めて3年間で約1000人はアテンドしたはずです。眼鏡をはずしていたり、ノーメークのお客さんもいます。印象的な会話がない限り、なかなかお客さんの顔が覚えられませんでしたが、学校のサロンで頭を見るとすぐに「この人、知ってる!」と判別がついたことは、我ながらおかしかったです。
サロンではスペイン人の中高年の女性が主要なお客さんです。お金を払って来ているお客さんですから、失敗すると容赦なくどやされます。生徒がアテンドするので安価ですが、(失敗の)リスクもあります。しかし盛況でしたね。マネキンでの訓練も大事ですが、生身の人間を相手にするのがプロへの早道だと思います。
マネキンにパーマのカーラーを巻く時は、時間を計測して先生に報告します。30分では遅すぎです。10分〜15分程度でできないと生身の人間を相手にさせてもらえませんでした。また、実技だけでなく比較的理論にも力を入れていたので、時々筆記試験もありました。
カットには大きな基本原型が4つあります。教室の授業ではvisualizar(目視)といって、先生が雑誌などから切抜いた髪型を見せて、どのカットがどのように組み合わせてあるのかを生徒に口頭で説明させることもよくありました。お客さんが雑誌の切抜きを見せて「これと同じ髪型にして」というリクエストは結構ありますから、基本中の基本ですね。ブローで髪型はいかようにでも変るのですが、それに惑わされずにカットの種類を見抜くことも日常的に意識させられました。
帰り際は必ず清掃をします。椅子の髪を落としたり、台を拭いたり、床を磨いたり、シャンプー台の掃除などです。日本人は子供の頃から学校で掃除をしているので慣れていますが、スペインでは普通、学校には掃除専門の人(公務員)がいます。おそらく公共の場の掃除などしたことない生徒が殆どだと思います。何とかさぼろうとする生徒も多かったです。それを監視するために先生が各人の分担を決めて、行動が怪しい生徒には厳しく問いただしていました。日常はこのように躾の場でもあったと思います。掃除が終わるとようやく着替えて家に帰れます。


生徒はどんな人たちですか?

スペインではFP(職業訓練)といって高卒後、大学に進学しない人たちが職業訓練の一環として美容学校を選べます。その人たちと中卒者たちが中心です。子育てが一段落した女性や子守りや掃除婦として働いている20代前半の女性が、“手に職を付けたい”と学ぶケースや、家業の美容院を継ぐために入学する人もいます。
生徒の年齢層はその時により異なりますが、16〜17歳です。男子生徒は20人中1〜2人位でしょうか。よく“男のおしゃべりは女のそれよりも手に負えない”といいますが、文字通りでした。一般に「美容師=おしゃべり」なので、先生は一日中「黙れ!」と怒鳴っていました。それでもめげないのはさすがだな、と感心するばかりです。義務教育ではないので、親の押し付けで通っている生徒はいつの間にか来なくなります。中卒者の中には勉強もだめだし他にできることがないから…というコンプレックスが強い人もいます。親戚が美容院を経営している等で、子供の頃から美容師を目ざす人は心得があるせいか、教わらなくても上手でした。


学校内で起きた面白いエピソードがあれば教えて下さい。

生徒は手癖が悪く、盗難事件が多かったです。自分の持ち物には名前を「書く」のでなく「彫れ」と入学時に言われました。一度、ある生徒の高価なハサミが紛失したことがありました。探しても見つからないし、全員「私じゃない」の一点張り。そこで先生が、「全員の持ち物を検査して、それでもない場合は全員でお金を出し合おう」と言ったのです。そしたら、盗んだ人が机の棚にそっと置いたらしく、「ここにある!」ということに…。結局誰が盗んだのかはわかりませんでした。


実際にサロン(外部)で働いたことはありますか?

私は学校の斡旋で3週間だけプロのサロンで働いたことがありました。経営者は言葉では「君たちはプロなんだ」と毎日言うのですが、扱いは奴隷でした。1日10時間近く立ちっぱなし。週に一度は仕事が終わった後、学校で反省会がありました。他のサロンで研修している生徒が全員集まってから開始するので、午後9時頃から始まります。主に接客の練習や怪しげなポジティブシンキングみたいなこともやらされました。その間も立ちっぱなしです。夕飯も食べさせてくれません。終わるのが午後11時頃で、翌日また9時に開店です。午前中の閉店間際でもお客さんが駆け込めば延長しました。その間全員で仕事が終るのを待って、掃除をして帰宅します。午後の開店時間は不変なので昼休み時間が短くなるだけでした。これだけ働いて、日給がたったの2150ペセタ(*2)(2043円/98年)。実習とはいえ低すぎです。
3週間だけの約束で働きましたが、後半はプロのサロンで働けることが嬉しくも何ともありませんでした。とにかく疲労しきっていましたから、研修最終日を指折り数えていました。それまで辞めようかどうしようか迷っていたのですが、その体験を機にきっぱりと引退しました。髪をいじる作業はクリエイティブなので今でも好きです。ただ、生活もしていかなければなりませんから、諸条件を天秤にかけて、辞めました。ちょうどその頃、両肘腱鞘炎にかかり、どのみち美容業は続けられなくなってしまいました。


一般的な美容師の生活を教えてください。

日本ではカリスマ美容師が一時流行ったようですが、ヨーロッパでは美容師は下層階級の職業です。スペインも例外ではありません。過酷な労働条件のうえ、給料は法定最低賃金というのは常識です。労働組合がある美容院はごくまれなので、経営者になるか、サロンの中で昇進しないと文字通り奴隷働きです。平日の休みは大抵交替でとりますが、前日に「明日休んでいいよ」と言われるのが普通です。長期休暇も同じく直前にならないと許可を出してもらえません。旅行プランも立てられないし残業代はもちろん支給されない。組合の存在しない中小・零細企業ではこんな労働搾取がまかり通っています。また、スペイン人同士は平等なイメージがありますが、職場では上司は絶対で、上下関係は非常にはっきりしています。特に法で守られていない美容師は経営者の思うがままでした。


日本人は手先が器用と言われますが、どうですか?

あまり関係ないと思います。それよりも、髪型に対する概念が違います。日本はつい50年前まで、女性は日本髪を結っていた国です。ヨーロッパの髪型の歴史とは異なります。“クラシック・スタイル”と言われても日本人の私には全然ピンときません。スペイン人が“気に入る髪型”は目で見て叩き込むしかありません。図書館で美容理論の本を借りて、髪型の歴史について勉強したこともあります。
スペイン人相手では、日本の感覚で仕上げると全部NGです。手先の器用さもある程度必要ですが、一番大切なのは想像力と創造力です。頭に明確なイメージがなければ、仕上がりにそれが反映されます。上手下手はこれで左右されます。
よく“技は見て盗め”と言いますが、理論と実技は違います。この世に2人として髪質・量・頭の形が同じ人はいません。実技では意外に肝心なところを教えてくれないので、コツをつかまないとカットはいつまで経っても上達しません。先生がretoque(手直し)するときは、格好の勉強なので熱心な生徒は集まって手の動きなどを凝視して技を盗みます。上手な美容師ほど手の動きが芸術的です。ハサミの使い方を見れば瞬時に技量がわかるし、うまい人ほど想像力も豊かなので、馴染みのお客さんであれば二言三言の注文で十分要求を把握できます。お客さんに散々説明させて、それでも満足いく仕上がりにできないのは下手な証拠です。お客さんの髪質のせいにするプロの美容師もいますが、それは本人の技量不足なだけでしょう。


日本とスペインの技術の違いについて教えてください。

流行や似合う・似合わないがあるので、違いは当然のことながらあります。ヨーロッパ人はボリュームをもたせる方法でブローしますから、日本人にそのまま適用するとおかしくなります。カットの方法で言うと、日本でよく使う“すきバサミ”は、男性のカットの調整で使う程度で、シャギーは全部ハサミで入れます。レザーも使用しますが、髪質によっては使わない方が良い場合もあるので、これは美容師の判断になるでしょう。
日本はカットに時間がかかり過ぎると思います。髪の量に関係なく、段カットでも15分で仕上げなければ“遅い”部類に入ります。ブローも10分〜15分が常識です。実は、スペインでも日本でもレザーやすきバサミを多用する美容師さんもいますが、肝心の基本となるカットでお粗末なのをごまかすために使うこともあるのです。私は今でも普通のハサミをいかに使いこなして切るか?が腕だと思います。レザーやすきバサミでの毛先調節はトッピングみたいなものです。失敗がありませんから。レザーだけで仕上げる髪型ももちろんありますが、普通のハサミを使いこなせない人がレザーを使いこなすことはできません。意外かもしれませんが、髪形は無限のアートです。基本はたったの4型ですが、これを自在に組み合わせて、さらにレザーやすきバサミ、カラーリングなどを組み合わせればいくらでも新しい髪形が登場します。その意味でも美容の仕事は面白かったです。


お勧めの美容学校はありますか?

全国チェーンで展開している学校もあるし、地元ローカルの学校もあります。何校か足を運んで説明を聞いたり、できたら授業を見学させてもらって比較検討すると良いかと思います。


スペインで美容師として働けますか?

日本人の場合、通常の留学生として渡西して、現地の美容院に就職して労働ビザを取得するのは、不可能と考えて下さい。労働ビザは“スペイン人にできない特殊技能職”でしか認められていません。労働・居住許可を取得して何回目かの更新でスペイン人でもできる職業を選ぶ自由が与えられますが、これも何年もかかる話です。あまり現実的だと思いません。


最後に、美容学校の体験であなたは何を学びましたか?

“好きこそ物の上手なれ”であることを知りました。私は特別器用でもなく、飲み込みも早いわけではありません。好きで続けた結果、現地人と同じようにプロの実力がつけられたことは、大きな励みになりました。しかし、体を酷使したあまり両肘の腱鞘炎にかかり、肩や背中、腰も傷めてしまいました。自分をいたわらなかったことだけは後悔しています。仮の労働を通じてスペイン社会を垣間見た経験も、後の会社員生活で役に立ちました。29歳にして飛び込んだ世界ですが、未知の分野をゼロから開拓したことにより独自の価値観や叩き上げの精神が確立されたような気がします。これが一番の収穫かもしれません。遊ぶ暇もない数年間でしたが、とても充実した時間が過ごせました。


(*1) 100ペセタ=97円 '96年当時
(*2) 100ペセタ=95円 '98年当時

 
(インタビュー・2004年9月)

 

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